2024年10月10日木曜日

知られざるリターフォールの博物誌(1) 青いミズアブの小楯板の棘の数

「棘」か「突起」か「剛毛」か…

それだけで検索結果は大きく変わり、入力ワードを選ぶことの重要性を実感しました。今回紹介するのは、体長10mmにも満たない小さな青いアブです。

6月のリター。

ウワミズザクラの種子や、アカマツ、サルナシ、コナラ、エゴノキの花々に埋もれて、キラリと光る青いもの。

つまみ上げてみると、光っていたのは昆虫の胸部で、腹部は光沢のあるダークブラウンといった感じの色合いです。


見る角度によって虹色の光沢がある透明な翅が残されています。体長は7mmほど。生きていた頃はきっときれいな虫だったのでしょう。

「青蜂(セイボウ)かもしれないな」

最初のうち、私はそう思いました。青く輝く寄生蜂を前から見てみたいと思っていたので、ワクワクしながら青蜂の種類を調べ始めました。けれど、これに一致する色合いの青蜂は見つかりません。
どうやら憧れの青蜂でないと悟り、少しがっかりしながらルーペで頭部を覗きました。見えたのは頭の面積の大半を占めるマイクのような暗赤色の眼。

「これは、ハチじゃない。双翅目の顔だ・・・」
種名を知りたければ、ハエやアブの仲間から探さねばなりません。
でも、手がかりは・・・?

退勤の打刻時刻が迫る中、ルーペを覗く私の目に映ったのは、この昆虫の胸部の後縁に見える6本の毛のようなもの。改めて顕微鏡で確かめると、かなり太くしっかりしており、規則正しく並んでいるそれらは特徴といってよさそうでした。

帰宅後、あの特徴を手がかりに検索してみることにしました。ハエなどはよく剛毛の生え方で分類されているイメージがあったので、「双翅目 胸部後縁 剛毛」というようなワードを入れて何回か画像検索してみたのですが、いっこうにそれらしきはヒットしません。

再度考えてみました。
毛、というものはそれが生えている箇所と、毛そのものでは当然質感が違います。けれど、顕微鏡で観察したとき、胸部後縁に並んでいたあれらは、胸部の一部がそのまま突き出したようで質感は同じでした。
つまり、「剛毛」という表現がまずかったのかもしれません。

そこで次は「突起」にしてみました。しかし、これもうまくいきません。
最後に「棘」と入れてみました。
すると、検索結果の画像の中に胸部後縁に2本の棘が生えた黒いアブの写真が出てきました。写真にはミズアブ科の昆虫と紹介されています。そして棘が生えている部分は小楯板という名前であることも分かりました。

「きっとミズアブ科の昆虫なんだ」

私は「ミズアブ科 小楯板 棘6本」と入れて再検索しました。
大成功!ようやくヒットしました。
そして分かったのは、リター内のこの虫がミズアブ科Beris属の昆虫であること。
近縁種に小楯板の棘が4本のものがいるそうですが、4本だとActina属、6本だとBeris属になるそうです。Actina属には、キアシホソルリミズアブやエゾホソルリミズアブが知られています。

しかし、Beris属に分類される種のほとんどには和名がありませんでした。
身近にも生息しているようですが、知る人ぞ知る種ということなのでしょうか。

ミズアブ科Beris属は訪花性昆虫ということで、6月の花々を巡っている途中だったのかもしれませんね。また、Beris属を調べていく中で、2019年より前のリターから時々見つかっていた、象の鼻を短くしたような吸いつき型の口器を持つ扁平な幼虫の正体が、どうやらミズアブ科の幼虫であることも分かりました。

*ミズアブ科Beris属が見つかったリター 20190606 30-50/70-30/70-70、20190620 30-50
まだまだ見つかるかもしれません♪


スタッフS

2024年10月3日木曜日

知られざるリターフォールの博物誌  始まりの話

 三瓶演習林では、広葉樹二次林内の1ha(100m×100m)のサイトに、縦横20m間隔で25個のリタートラップが設置されています。そこから定期的に回収されるリター(※)のデータをもとに、何年にも渡って森林動態の調査が行われています。

私の演習林での仕事のひとつは、持ち帰られ乾かされたリターを、決められた項目に沿って分類、量を計測することです。

「花」、「托葉」、「種子」、「広葉」、「針葉」、「木質」、そして「その他」。

リターは「花」の項目ひとつとっても、樹種ごとの形の違いや落下するまでの成長の差、原形の残存具合によって状態は様々…。人の目と手で分けることが必要な、細かく地道な作業です。

さて、これから私がお話ししようと思うのは、リターの中の名もなき小さなものたちの記録です。特に、「その他」に分類された誰にも見向きもされないものたち。

リターの中の植物や生き物の残骸は、色あせていたり、体の部位が失われていたり、粉々だったりするので、種の特定など細かいレベルの分類には向かないことが多いのは事実です。

けれど、中には状態がよいものもあって、そこには確かに三瓶の森の生き物を知る手がかりがあります。手がかりがあるのなら、可能な限り生かしたい!小さな発見でも積み重ねればおもしろい世界が見られるかもしれませんからね。

そのような訳で、森林の物質循環などの専門的な研究は、先生方に任せるとして、私は分類作業中に出会う個々の生き物たちにスポットライトを当て、知られざる彼らの姿を紹介していきたいと思います。


三瓶の森の神様へ

遅筆な私がどうかこの博物誌を少しでも長く続けられますように。

リターを通して、たくさんの生き物を知り、それを読んでくださる方へ伝えられますように。



(※)林冠から地表に降下する葉や枝などの枯死物を、リターまたはリターフォールと呼びます。

*図鑑や専門サイトなどで可能な限り調べてから、リターの中の植物や昆虫などを特定するようにしていますが、専門家ではないため、中には間違いがあるかもしれません。どうぞご了承ください。

*個々のリタートラップのサンプルは採集された年月日と地点の番号で表されています。2024年9月19日に採集した地点番号30-50のサンプルであれば、20240919 30-50と表記。紹介するのは、主に私が現在、分類している2019年のサンプルです。

2023年11月6日月曜日

秋の野花たち


アカタテハとヤマハッカ (スタッフS 画)

枕木山では、季節ごとに様々な野草を見ることができますが、秋は、春とは違った趣きで野花を楽しめる季節です。空気がひんやりと澄んでくるためか、野花にもしっとりとして凛とした印象を受けます。

目をひくのは、センニンソウ、オトコエシ、ヒヨドリバナ、キンミズヒキ、アキチョウジなど。もう10月も終わりになってしまいますが、9月から10月にかけて松江試験地周辺で見られたこれらの野花を紹介します。


センニンソウ

先ずはセンニンソウ。花期は9月頃です。これは幾本もの細長い蕊を持つ真っ白な花が美しい蔓性植物で、クレマチス(てっせん)の原種として知られています。満開の花がふんわりと辺りを覆っている様子は雪が積もったよう。合間に咲く真っ青なツユクサとのコントラストはとても爽やかです。
しかし、このセンニンソウ、茎や葉の汁に触れると炎症を起こすほどの毒性を持っているのだとか…。優美で清楚な見た目に反して恐ろしい。
名の由来は、花の後、種子から伸びた白い綿毛を仙人の白い髭になぞらえたことから来ているそうです。


オトコエシ(花)とアカスジツチバチ


オトコエシとクモガタヒョウモン(?)

次は、オトコエシ(男郎花)と、ヒヨドリバナ。これらの花は昆虫たちに人気です。しばらく見ていると何種類もの昆虫の訪れを観察することができます。アカスジツチバチ、ヒョウモンチョウの仲間、アカタテハ、南方へ渡り途中のアサギマダラなど…。どの昆虫たちも夢中になって蜜や花粉を食べて満足そうなご様子。


ヒヨドリバナ(花)とアカタテハ


オトコエシ(花)とアサギマダラ

きっとこれらの植物の花のつくりや香りには、昆虫を呼び寄せて受粉や送粉をしてもらいやすいような特徴があるのでしょう。
ちょっとだけ調べてみると、オトコエシや近縁のオミナエシには醬油や味噌などの発酵食品が腐ったような匂いがするとありました。一方でヒヨドリバナや近縁のフジバカマには甘い香りの成分が含まれているのだとか…。花の香りや成分と訪花昆虫に何か関係があるのか、詳しくは分かりませんが、虫に好かれるための理由がいろいろとありそうで興味深いです。


キンミズヒキ

そして、この時期になると毎回のように靴紐や衣類の裾にびっしりとひっつきむしのお土産をくれるのがキンミズヒキ。
データロガー周辺にたくさん生育していて、ひっつきむしを取るのは大変ですが、小さな黄金色の花の穂がかわいらしいバラ科植物です。花は10月上旬頃まで見られました。


アキチョウジ

最後に紹介するのは、群生して林道沿いを彩る薄紫色の花々。シソ科のアキチョウジです。
同じ頃に咲くよく似たシソ科の花にヤマハッカがありますが、花の大きさはアキチョウジの方が大きく、よく目立ちます。花は10月後半まで見ることができました。

季節は、いよいよ11月。晩秋の枯れ色の野山には鮮やかな黄色のツワブキが咲き始めました。ツワブキの花はよく目立つのか、冬が間近なこの時期でも昆虫たちがたくさん集まって来ます。次はツワブキの様子を覗いてみようかと考え中。
季節ごとに花々のリレーを楽しめる枕木山。これからも観察していきたいと思います。

10月おわりに スタッフS

2023年6月2日金曜日

ちびナナフシの誕生日

それは、4月19日のこと。

実験室のラジオからは、「今日は『飼育(419)の日』」ということで、リスナーが飼育しているいろいろな生物の話題を紹介する番組が流れていました。

それを聴きながら、私は、昨年初めて飼育し、今年も誕生を待っている昆虫のことを思い出しました。それは、昨夏のナナフシばらばら殺虫事件で非業の死を遂げたヤスマツトビナナフシの忘れ形見である卵たちです。

ヤスマツトビナナフシの卵
(1.5mmくらいです)

卵の形はなんとなくポリ瓶に似ていませんか?

野外では、若葉がすくすくと成長し、どこもかしこも瑞々しい緑で覆われています。ヤスマツトビナナフシの食樹であるコナラやクヌギなどの樹木も柔らかそうな葉を広げているので、もういつ生まれても食べものには困らないでしょう。
冬の間、間違って孵化しないように外気温に近い玄関に置き、時々霧吹きで水分管理してきた卵たち。
ちゃんと生きているでしょうか。もう出てくる準備は整っているのでしょうか。

こんなことを考えながら、帰宅した私が卵の入ったケースを覗き込むと…
5mmくらいの何か小さいものが、あちこちで体をくねらせながら懸命に動いています。
ついに生まれてきました! 4月19日飼育の日。この日は保管していた卵からの第一陣のちびナナフシたちの誕生日になりました!

<以下、Sが観察した時の様子を記していますが、個人的な感想や予想もあります>

あの不思議な形の卵の蓋が開き、ナナフシはそこから這い出してきます。長い触覚と脚は、卵内ではコンパクトに収納し、出る時には引っ掛からないようにするためか、胴体に沿うようにまとめられて、卵の殻の底の方の部分に固定されているように見えました。
始めのうち、脚のない生きもののように体をくねらせて卵外に出て、ある程度まで出てくると触覚や前の脚から順に、胴体から離されていきます。


帰ってきて途中から観察に参加した夫が、隣でつぶやきました。
「この卵に、この大きさの幼虫がどうやって入っているのかな? 明らかにサイズオーバーだろ」

本当にこれぞ、ナナフシの七不思議のひとつだと思います。
狭いスペースに圧縮されていたものが、外気に触れた途端にどんどん膨らむ仕組みなのでしょうか? 植物の冬芽に収納された新葉にも同じことを感じますが、自然界の超収納術にはいつも驚かされます。

けれど、脚や触覚がしっかりとまとめられ固定されていることが、ちびナナフシたちにとって無事に生まれてこられるかどうかの命運を分けているようにも見えました。
彼らの中には、脚や触覚が卵の殻にくっついたまま、うまく離れずに孵化に失敗し、死んでしまったものが何匹もいました。
人間の誕生はひとりひとりがドラマだといわれますが、こんなに小さい昆虫であっても、生まれてくるのはとても大変なこと。しかも彼らは誰にも知られずにひとりで生まれてこなければなりません…。
こんなことを考えて、何だか泣きそうになりました。こんなにセンチメンタルなので、私は研究者にはなれません。

孵化途中のヤスマツトビナナフシ幼虫
(この個体は孵化に成功しました)

脚が殻から離れずに孵化に失敗した幼虫

卵から体全体が出てきてみると体長は10mmほど。生まれたばかりの細長く半分透き通った体は、べっこうの飴細工みたいに繊細で、とても儚げな感じです。飼育ケージに入れたクヌギやミズナラの葉の陰に身を潜め、じっとしていました。

生まれて一週間ほど
(2023年4月27日撮影)

生まれてひと月ほどの脱皮直後
(2023年5月17撮影)

そして現在、誕生から一カ月以上経ち、ちびナナフシたちは数回(?)脱皮を繰り返して、まだ小さいながらも30mm以上に成長しました。
昨年飼育していた個体は、飼育を始めた時には既に終齢幼虫くらいの成長段階で、餌を食べる時以外はほとんど動かなかったため、私はナナフシを“昆虫界のナマケモノ”と呼んでいました。ところが、今飼育している幼虫たちは天井に張った寒冷紗の裏側を触覚と胴体をピコピコさせながら、とてもよく歩き回ります。
飼育ケージ(約60cm×40cm×90cm)は、かなり大きく作ってありますが、ヤスマツトビナナフシとエダナナフシが一匹ずつしかいなかった昨年と比べ、10匹くらいはいるようなので、密度が高過ぎて、新しい場所に行きたいのでしょうか。それとも何か別の理由があるのでしょうか。
餌木として入れたミズナラやクヌギの葉についた霧吹きの水滴をよく摂取し、食欲も旺盛です。今のところは順調に育ってくれており、これからの観察を楽しみにしています。

あぁ!!今年はこの子たちがカマキリに喰われませんように!!

スタッフS

2023年1月27日金曜日

もっと知りたい今年の主役

年が明けて早くも1月下旬。2023年の毎日も忙しく過ぎていきます。

表題の「主役」とは、今年の干支である卯(ウサギ)のこと。ニホンノウサギは演習林にも生息している動物です。警戒心が強いらしく、普段はなかなか姿を見られませんが、雪が降った後に残される特徴的な足跡からは、彼らが活発に暮らしていることが窺えます。


ノウサギの足跡 2020年12月21日 松江試験地で

“かわいくて弱い動物”のイメージが強いウサギちゃんですが、野生のウサギを一度目にすると、そういったイメージとはかけ離れていることに気づきます。


ノウサギの足跡 2020年12月21日 松江試験地で

私事ですが、昔、北海道でエゾユキウサギに出会ったとき、その脚がおそろしく長いのを見て、驚いたことがあります。そして体に不釣り合いなほど大きな後ろ足の強そうなこと!

なるほど、これならものすごく早くパワフルに走れるだろうなと納得しました。

後ろ足の指をいっぱいに広げて、丁寧に舐めてお手入れする様子からは、この足が、キツネやテン、そして猛禽の攻撃から生き抜くために、とても重要な武器であることが伝わってきます。
彼らはまさに“戦うウサギ”。攻撃力の強さではなく、用心深さと敏捷さを武器に持つ戦士だと思います。自然界での強さは、捕食者として強いということだけではないと実感させられたエゾユキウサギとの出会いでした。

これは、演習林に生息するニホンノウサギにも共通する強さではないでしょうか。演習林で働いていると彼らの生態を知るきっかけに巡りあうことがあるかもしれません。それがとても楽しみです。

下の写真は、スタッフOさんに見せていただいたノウサギです。昨年末、三瓶演習林に設置した自動撮影カメラに写っていたそうです。


三瓶演習林の自動撮影カメラに写っていたウサギ

雪の中を走っているようですが、毛の色は白くなっているのでしょうか。それとも夏とあまり変わっていないのでしょうか。三瓶ウサギの冬の姿、気になります。


スタッフO:その後に撮れた写真を見ますと、白黒で写っていますのではっきりとはわかりにくいのですが、どうも毛は白くなっていないようです。例えば、このように。
(かわいいウサギなんですが、植えた木をかじる困った動物でもあります)


スギ造林地で

あるいは、このように。図鑑など見てみましたら、白色になる個体と茶色のままの個体があり、積雪の多い地域では白色個体の割合が高まるといったことも書かれていました。 


三瓶演習林の落葉広葉樹二次林で

スタッフS