2022年10月7日金曜日

ナナフシばらばら事件

島根大学演習林技術室において飼育されていたトビナナフシがお盆休み明けにケージ内でばらばらで発見されるという怪奇事件が発生。当時の状況を演習林スタッフのSがリポートします。

Sは7月始め頃から、Y准教授が三瓶演習林などで採集してきた2種のナナフシ幼虫(※1)を多忙で走り回っている准教授に代わって飼育。7月下旬頃には廃材を使って大きなケージを作り、餌木(※2)の交換や掃除などを日常的に行っていた。

※1ヤスマツトビナナフシ、エダナナフシ 
※2主に、クヌギ、ナラガシワ、コナラなどブナ科コナラ属の樹木

ナナフシのゲージ

三瓶演習林には数種類のナナフシが生息しており、この昆虫の生態について、演習林スタッフとして理解を深めるのが目的だった。2種のナナフシは健やかに成長し、トビナナフシの方は7月末から産卵を開始。しかし、Sはお盆に長めに帰省せねばならず、その間の世話をY准教授が行うことになった。

エダナナフシ(♂)

ヤスマツトビナナフシ(♀)

さて、Sが松江に戻り出勤した日の朝。ケージ内を覗くとエダナナフシが床に落ちている。成虫になってからだいぶん日数も経っていたので、残念だけれど、寿命だったのかもしれない。
では、トビナナフシは?
ところが、いくら探してもトビナナフシの姿が見当たらない。はて、どこへ行ったのか?
そのうち奥の方に昆虫の脚が一本。目を懲らすとさらに脚が二本、そして触覚がばらばらに落ちているのが発見された。上の枝には黒い残骸のようなものが…。変わり果てたトビナナフシの姿である!
Sは息をのんだ。しかし、動揺しつつも冷静な状況分析に努める。
――もし、エダナナフシのように寿命で弱って死んだのだったら、こんなにばらばらになりはしない。…とすると、現場から考えられることはひとつ。何者かに襲われて喰われたのだ!――
しかし、何に襲われたのだろう?ケージ内は安全なはずで、他の生き物は見当たらない。犯人はいったい何者で、どこからやって来て、どこへ消えたのか?これは完全なる密室殺虫事件である。

その時、「おはようございます。今日も暑いですね~」と挨拶しながら准教授がご出勤。
なんとなくそわそわしている准教授。ナナフシのことも口にしない。
 “怪しい!先生は何か隠している”とSは確信する。
しかし、准教授は口を開かず、事件の真相は謎に包まれたまま午前中が経過していった。

急展開が訪れたのはお昼休みのことだ。
ケージ内の枯れ枝の後片付けをしていたSに同僚女性が話しかけてきた。
「ねぇねぇ、Sさん、聞いた?」
「何でしょう?何も聞いていないですけど」
仏頂面で答えるS。
「えっ!先生まだ話せていないの?!実はね・・・」

さて語られた真実はこうです。わたくしSの留守中、Y先生は大学構内でナナフシのために餌木の枝をとってぶんぶん振り回しながら帰ってきたそうです。お茶目な先生のことなので鼻歌でも歌っていたのでしょう。その枝にカマキリがしがみついているのに気づかずにケージに入れてしまったそうです。気づいたときにはもう手遅れ。カマキリは美味しい食事にありついた後でした。先生は下手人のカマキリを捕まえ、タッパーに閉じ込めて禁固刑にしていましたが、やがて放免してやりました。カマキリとしてはただご飯を食べただけですものね。

服役中のカマキリ

「先生ね。Sさんがいつも大切に世話をしていたから、申し訳なさで落ち込んでいたよ。だから許してあげてね」と同僚女性。
納品に来た科学器具販売のお姉さんからは「先生はSさんに怒られるのが怖いから仕事休もうかなといっていましたよ」との話も…。
先生はよっぽど思い詰めておられたのか、言い出すタイミングをはかりかねていたようです。
その後、怒ったりしていないのに、「すみませーん!私が新鮮な葉っぱと一緒に、新鮮なカマキリを入れちゃいましたー!私のせいですー!」という先生の懺悔で事件は幕を降ろしました。
安全なはずのケージ内で非業の死を遂げたトビナナフシはかわいそうでしたが、100個近くの卵を残しました。来春、無事に孵化するよう大切に管理できればと思います。

ところで、ナナフシとカマキリでは食べるものは違いますが、咀嚼するための口の構造には共通点がたくさんありそうです。昔、カマキリの口を観察したことを思い出して、ナナフシの口と比較してみました。双方とも触手がついた小顎や下唇がよく発達していました。昆虫の口は、“咀嚼する口”、“吸う口”、“舐める口”、“刺す口”など食べ物や食べ方に適したつくりになっていて、観察してみるとおもしろいですよ。(下は裏側から見たナナフシとカマキリの口の構造)

(スタッフS自筆)