2021年4月21日水曜日

羊毛作家 笠木真衣さんのお話 第2回(不定期連載)

-笠木さんは羊を飼うところからされているんですね。まず羊の毛を刈って、刈ったものをどこかで洗ってもらうんですか?

笠木:いえ、それも自分で洗っています。
羊の毛には脂とゴミが付いているので、それらを別々の工程で除去します。
脂は、羊の種類にもよりますけど、大体は100℃以内で溶かせますので、45~70℃のお湯に中性洗剤を溶かし、それに浸して、まず脂を溶かし出します。
毛先には泥が付いているので、それを揉み洗いします。

汚れた毛を持って来てみました。

-これは笠木さんが飼われている羊の毛ですか?

笠木:そうです。触ってみられると、ちょっと脂っこいのがわかりますか?


-ラノリンって、これのことですか?

笠木:そうです。毛を触るとネトネトしていると思うんですけど、これこそがラノリン(羊が分泌する脂分)です。

脂の次は汚れとゴミを落とします。毛刈りは1年に1回なので、毛先の方は泥などで汚れています。これも洗います。次に、毛に草の種などがついていますので、これを手で一つずつ取って行きます。

市販の毛、先程お話しましたスライバーやトップにはこういったものがついていないですよね。それは、化炭(かたん)処理といって、強い酸に浸けて、温度を200℃に上げて、次にアルカリに浸けて中和する処理をしたもの、つまり化学的に処理したものです。


-市販のものはゴミを薬品で溶かしてしまっているわけですか。

笠木:そうです。ですので、毛は傷みますので、手洗いの方がタンパク質が良質に保たれるというメリットがあります。

10年くらいかけて、いろんなものを作ってみました。
これが手紡ぎ糸で、こちらが売っている糸(左上の糸)です。強撚(きょうねん)糸です。

初心者の方は最初はマフラーやショールなどを、柔らかいメリノとかポロワスといった種類の羊の毛を使って、首回りに使うものから織ります。


-このような状態になるまでに、どのような工程があるのですか?

笠木:まず、刈り取る、洗う、ほぐす、梳かす、紡ぐ、です。

-「紡ぐ」の部分では、昔話に出て来るようなクルクル回す道具で糸を作って行くんですか?

笠木:そうです。ただ、単にクルクル回しているわけではなくて、紡ぎ車を足で踏みながら糸に回転を加えて行きます。50cmの間に7回踏むと強撚になるし、5回なら普通だし…と調整します。
また、糸の方向に対して繊維が斜め45°になるのが普通の糸なんですけど、角度をつけると強撚になって行きます。


-そうすると撚(よ)りながら数えるんですか?

笠木:そうです。ですから、1000mの糸を作ったりするんですけど、それを全部同じ撚りにするのは、すごく技術が必要です。
まず自分が作りたい糸をしっかりイメージして、それを作ります。


-イメージと言いますと、糸の色も変えられるんですね。

笠木:そうです。例えば、こちらは北海道のサフォーク、白い羊です。こちらがブラックウェリッシュマウンテンという黒い羊の濃茶とサフォークの白を混ぜて作った色です。白も濃茶も、それぞれの羊の品種の毛そのままの色です。

-色を混ぜるのは、糸を紡ぐ時に行うんですか?

笠木:いえ、梳かす時です。カーディングと言うんですけど、繊維を混ぜる工程で、梳かしながら混ぜます。


-こちらも羊の毛元々の色ですか?

笠木:これは桜の枝で染めた紡績糸です。ウールシルクです。
これはショールです。経(たて)は普通の手紡ぎ糸で、緯(よこ)は強撚の手紡ぎ糸です。緯糸の撚りによってで縮ませています。

-そうしてできた糸を、これまた昔話になりますが、「鶴の恩返し」のように、あるいは私が子どもの頃にあったようなおもちゃ「おりひめ」のように、経緯(たてよこ)に組んだ糸をトントンしながら、布にしていくわけですか?

笠木:そうです。1cmの間にこの糸が何本あるかを定規で測りながら、織って行きます。経(たて)が5本、緯(よこ)が5本を1:1って言うんですけど、それを比率をかえて緯の数を少なくするデザインにするなど、手織りだと自由にできます。


-そうすることによって、生地の模様が変わって行くわけですか。このようにシワが入るとか。

笠木:その通りです。粗くするともう少しスカスカにレースのようにできますし、ここは密にして幅を変えようというようにすることもできます。


-最初にどういう布を作ろうとイメージして、何本入れるかを設計して作り始められるわけですね。

笠木:経糸(たていと)は織り機の設定で変えて行きます。緯糸(よこいと)はお話ししたように一段ずつ決めます。例えば、経糸は、織り機にセットするとき、通し方を変えるとかします。
間違えて経糸(たていと)をセットしたりすると、間違えたところだけ解いて、通しなおします。


つづく

2021年4月14日水曜日

羊毛作家 笠木真衣さんのお話 第1回(不定期連載)

先日、北三瓶地区にあるKasagi Fiber Studioの羊毛作家 笠木真衣さんが、生地の品質やデザインを競う「ジャパン・テキスタイル・コンテスト2020」で経済産業大臣賞(最高賞)を受賞されました。

笠木さんは島根大学演習林とも関わりがある方で、何度か話す機会があった中で、羊毛や織物等について詳しくお聞きしたことがあります。

そのお話をこれから何回かに分けて、ご紹介します。

■Kasagi Fiber Studio
ホームページ https://nolifenowool.wordpress.com/
インスタグラム https://www.instagram.com/kasagifiberstudio

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-機織りをされる方に初めて会ったのですが、笠木さんはどういったきっかけで織物を始められたんですか?

笠木真衣(以下、笠木):きっかけの一つは結婚で、もう一つはお話作りです。
後に挙げましたお話作りの方からお話しますと、天女の話を書くための取材として織物体験に行きましたところとても楽しくて、それが織物との出会い、織物を始めるきっかけとなりました。


-最初は織物ではなくて、お話に興味をお持ちだったんですね。

笠木:そうなんです。最初は短大にいて、その後、大学に編入したのですが、短大時代に幼児教育科で児童文学の授業がありまして、物語の構造に興味があったので、それを受講していました。それから自分でも物語を書いてみたくなり、大学4年生の時から書き始めたんです。それまでは創作はしたことがありませんでしたけど。


-もう一つのきっかけの結婚と言いますと?

笠木:結婚し、夫の仕事のため群馬県に住むことになったんですけど、群馬県には縁もゆかりもないので、何か身につけてから行きたいなと思い、習い事として織物を始めました。

織物を習いに行ったら、織り機に経糸(たていと)が準備してあり、それは古いろくろ式の和機(わばた)の織り機だったんですけど、経糸がかかっている様が美しくて、また実際に織ってみたら楽しくて、続けたいなと思ったんです。それがきっかけのもう一つ、「結婚」でした。


-先にもお話しましたように、私にとっては笠木さんが初めて会う織物をやっている人です。というように、織物を本格的にやっている人ってそうはいないと思うんですが、たまたま近くに織物を教える人がいたんですか?

笠木:織物の先生はインターネットで探しました。長野県の農家民宿に、半年くらいかけて、2泊3日で6回くらい行き、習いました。そこでは経糸(たていと)の準備まで、つまり織る直前の準備までを習いました。その後は独学でやっています。


-独学と言いますと、本やインターネットで調べていらっしゃるわけですか?

笠木:本やインターネットも使ってはいますけど、それらでは足りない情報もたくさんありました。そういう時に頼りになったのは、織り機のメーカーさんでした。織り機のメーカーさんに電話して習ったことが一番役立ちました。

織り機にもいろんな構造があります。私が習ったのはろくろ式の和機(わばた)、4枚綜絖*(そうこう)だったんですけれど、実際に手に入れたのは洋機(ようばた)でした。

*緯糸(よこいと)を通すスペースを作るために経糸(たていと)を広げるための器具

それは中古のフィンランドの水平天秤式の織り機なのですが、私が習って来たのとは構造が全く違いました。フィンランドのトイカというメーカーの織り機だったんですけど、トイカの織り機を日本で扱っている三葉トレーディングという輸入会社に電話しまして、構造や使い方を教えていただいたりしました。

本にもいろいろと書いてはあるんですけど、なかなかそれだけでは細かいところがわかりませんので、伺いながら習得して行きました。

もう10年くらいやっていますけど、まだ完全にできているという感覚はなく、とても奥が深くて、完璧に習得するというのは、独学でも教室に通っていても、とても難しいことだと思っています。


-専業で食べている作家もいるんですか?

笠木:織物で収入を得ている方はありますけど、織物だけで食べて行けるほど稼げる織物となりますと、個人で制作するのではなく、分業で制作することになります。

経糸(たていと)の準備専門の人、糸作り専門の人…と。私は糸作りから仕上げまで一人でやっていますが、織物制作だけで生活できる人というのは、なかなか少ないかもしれませんね。

岩手県の県産品でホームスパンという織物がありまして、ウールの手紡ぎ、手織りとなりますと、日本では生産量が多く、会社があったり、個人の工房があったりはします。

島根県は織染が盛んで、羊毛ではなくコットンが主流ですね。糸を染め上げて、その糸で織物を作るのが得意な地域なのだと思います。絣ですとか。

私がしているのは羊毛を洗いから、紡ぎ、織り、仕上げまでを一人で行うというものです。


-先生が少ないのは大変ですね。

笠木:そうですね、先生のことに限らず、何かと大変だと思います。習う人も少ない、出会う機会も少ないし、月謝も安くはないですね。羊毛も手に入りにくいですし、独立したからと言って、織り機などの道具を置くスペースが必要だったりします。趣味としてもハードルが高いですね。

毛糸について言えば、編み物人口の方が多いです。


-糸を紡ぐというと、多くの方にとってはお話の世界ですよね。「眠れる森の美女」ですとか。絵本で見て知っているというくらいです。

笠木:織りだけされている方はそこそこいらっしゃいますが、紡ぎをされる方は少なく、私のように羊毛を洗うところからされる方はもっと少ないです。


-既に洗いが済んだ羊毛で作品を作る人が多いということですか?

笠木:洗って、染めて、梳かしてあるものですと、すぐに紡ぎ始められます。そういったものをスライバーとかトップと言うんですけど、それを使って、自分の好きな毛糸を作ったりすることが多いです。スピニング(糸紡ぎ)をする人をスピナーというんですけど、それはされる方は多いです。色をブレンドする楽しさがあるので、何十色もの染めた羊毛から、ではどんな色の糸を紡ごうかと楽しんでおられます。

(つづく)