2021年6月11日金曜日

羊毛作家 笠木真衣さんのお話 第3回(不定期連載)

 (承前)


-織物の幅というのは、機械に制約を受けるわけですか?

笠木:そうです。日本で手に入る織り機ですと、洋機(ようばた)だと幅160cmまで織れるものもあります。海外には210cmというのもありますし、アメリカでは3mくらいあって二人で織る機械もあります。

 私が使っているのは、120cm幅と100cm幅、それから60cm幅です。なぜ幅広の織り機が欲しかったかというと、洋服地を織りたかったからです。

 マフラーなどを織ってだんだん慣れて来ますと、違うものも織りたくなって来ます。それで服地、ツイードジャケットやコートを作る生地を織ろうと思いました。

 マフラーは160g、200g、300gの羊毛で作れますが、洋服地1着分を作ろうと思うと、1kgくらいの羊毛を加工しなければならないので、計画がさらに長期化しますし、大掛かりにもなります。

 (持参されたものを示して)これは1年くらいかけて作りました。これを織るためには、90cmの織物を5〜6m織らないといけません。縮絨という加工で縮むので、洋服はだいたい150cm幅、75cm幅の生地で作ります。縮むことを考えると、90cmを織れる大きい織り機が必要だったんです。


-この布で何年分の毛になるのですか?

笠木:これで1年分です。羊の毛は1年で10cmくらい伸びます。そして、1頭で2〜4kg取れます。


-ジャケット1着に何頭分の毛が必要になるのですか?

笠木:だいたい一頭分(3〜4kg)の羊毛が必要になります。洗って、ゴミも脂もない状態で、1.5kg分くらい必要です。羊1頭で1人分のジャケットという感じですので、羊1頭の毛を脱がせてそれを人が着る、というイメージでしょうか。

 織物を始めて3〜4年目くらいに服地を作りました。その後、もっと毛の太いのを使ってラグを作ったり、買って来た糸で織ってみたりしました。

 私は買って来た糸にあまり興味がなく、自分で紡いでいました。色やデザインが好きなウィーバーもいますけど、私はあまり興味がありませんでした。2020年に工場に頼んで生地を作ってみたんです。

 私にとっては、新しい取り組みですね。こういう生地を工場で作ってみてもらいました。ダブル幅で長いです。これが服地になる予定です。


-生地についている点状に見えるものは何ですか?

笠木
:取りきれない草の実などです。ごみ取りは私が手でしました。全部取りきれなくて、残っています。


-これはこれで味がありますね。毛を洗うところまでは笠木さんがされて、糸にするところ、布にするところは工場でされたわけですか。

笠木:洗いは、別の方がしてくださり、手洗いした羊毛を購入しました。これは全部、島根県にいる羊のコリデールの毛です。

 日本のウールの活用について、手洗いで毛を洗ったものを、工場に紡績に出したという話をあまり聞いたことがないので、日本の繊維業界にとっても、珍しい取り組みだと思います。


-普通は工場の人がどこからか毛を調達して来て、加工するわけですか。

笠木:普通はそうなんですけど、今回は自分で用意した素材を加工してもらいました。


-県内の業者ですか?

笠木:県外の工場です。これは、愛知県の尾州地区というところがウールのアパレル生地の産地なんですけど、そこの方にお願いしました。

 紡績糸にも、紡毛糸と梳毛(そもう)糸があるんですけど、紡毛機で作るふくらみのある紡毛糸にしたかったので、紡毛のウール専門のところを2年くらい探しました。個人で受けてもらえる工場さんって、なかなかないんですよ。

 普通はアパレルのメーカーが発注した糸で生地を作られるので、私が個人でしかもロットが40kgという量で頼むと、工場にとっては小さいロットで手間になりお金にならない仕事になります。それでもそれをやってあげると言ってくれた会社があったので、できました。

 出雲市佐田町にいるコリデール種の羊の毛を毎年刈られて、それを洗って紡いで…という活動を10年間続けておられる「メリーさんの会」という婦人会の方がいらっしゃいます。このウールは、そこの方に洗い済みのものを提供していただいて、40kgを集めることができました。
 手洗い済みの40kgって、すごい大量なんですよね。それを集められたことと、やってくれる工場が見つかったことと、織ってくれる会社が見つかったことで、この生地ができました。

 で、この生地が作れるとどんないいことがあるんだろうといいますと、国内産の羊毛の活用の幅が広がるってことなんですよね。日本にいる羊の毛が活用できるようになります。
 日本の羊の毛はだいたいが捨てられています。日本に1万9千頭くらい羊がいるんですけど、その毛は、昔は洗い工場が国内にあったので、使えていたんです。けれど、廃液の規制が厳しくなり、洗い工場が潰れちゃったんですね。羊毛は洗わないと、そのままの状態では使えないので、外国で洗うか手洗いするかしないと活用できないんです。でも、手洗いってすごく手間もお金もかかるので、みんな、それはしなくなり、日本の羊の毛は使えなくなっちゃったんですね。ですので、手洗いで工場に出すのを続けたりできれば、もうちょっと羊の毛を捨てないで済むかなと思って、やってみました。

(つづく)