2022年12月23日金曜日

冬の森の宝探し ―その1―

 松江試験地へ向かう12月の山道。見通しが良くなった落葉樹の梢を通して灰色の空が広がっています。日本海から吹きつける冷たい風に運ばれた小雨が、やがてあられに変わり、カツカツと小さな音を立てながら道路や車に降り注ぎました。

葉を落としていない針葉樹や常緑樹の木々も寒々とした佇まいで、山全体がすっかり彩りを失ってしまったように見えます。

けれど、ミクロの視点で山を歩くと、冬でもたくさんの発見があります。今回はそんな冬の森の宝物をご紹介します。


計測地点で気象データと林内雨の回収を終え、周辺の林の状況を見回っていた時のこと。

林床に群生する濃緑の葉の陰から、ルビーのように透き通った赤い粒がいくつも覗いているのが見えました。今年もフユイチゴが実る季節がやってきたのです!

昨年、雪が降る中やってきた時は、真っ白な雪に鮮やかな赤い実と濃緑色の葉のコントラストがとてもきれいでした。このフユイチゴ、食べることができ、甘酸っぱくてとても美味しいのです。

そこで週末、私は小2の娘を連れて、市民に開放された広い里山を持つ近くの公園に出かけました。松江試験地で確認したため、ここでも実っていると思ったのです。家族で味わって楽しむためのフユイチゴジャムを作るのが、この日の計画でした。

公園の受付でフユイチゴを摘ませてもらうことを断った上で、森の奥へ続く道を進んでいきます。冬の森は静かで、落ち葉の甘い香りがふんわり漂ってきます。時折聞こえてくるのは、梢を渡るコゲラやカラ類、ヒヨドリの声だけ。奥に入るにつれ、フユイチゴの葉が目立つようになってきました。

フユイチゴの識別に慣れ、“イクラみたい!”とはしゃぎながら、夢中で摘んでいく娘。しゃべるのを忘れて一心不乱に摘む親(私)。目の前の実を摘んでも、少し離れた場所の実がもっと魅力的に見えてしまい、熱中してしまいます。こうして、私たちはひとしきり冬の森の宝探しを楽しみました。

やがて、「お母さん。もうすぐ袋がいっぱいだよ」という娘の声がしました。

用意してきた小袋はすっかり重くなっていました。家族で楽しむ分だけだから、“この袋がいっぱいになったら摘むのをやめよう”と娘と約束していたのです。

他にもフユイチゴを摘む人がいるかもしれないし、きっと野生動物たちにとっては貴重な冬の食糧に違いありません。美味しそうな実が、次から次に目の前に現れても欲張ってはいけないのです。

「そうだね。もう帰ろう」

私は立ち上がって娘と手をつなぎ、静かな冬の森を後にしました。

家に帰ったら、早速、ジャム作りを開始!

鍋にフユイチゴとその半分くらいの重量の砂糖を加え、とろみがつくまでゆっくり煮詰めていきます。甘酸っぱいフユイチゴジャムが完成しました!

ヨーグルトに入れてもよいし、バターを塗って焼いた熱々のパンにつけて食べると、しょっぱさと甘酸っぱさが溶け合って最高です!ジャムがある間、私たちは冬の森の様子を何度も思い出しては、森の自然の話をしました。

「もうジャムなくなっちゃうね…」

いよいよジャムが残り少なくなった時、名残惜しそうに娘が言いました。自分で摘んできて自分で作ったジャムは格別だったのでしょう。それに山の恵みはいつでも好きな時に手に入るものではないことを娘も分かっているのです。

「来年もまた摘みに行こうね」

熱心に語りかける娘に頷きかけながら、私も来年の冬を待ち遠しく思いました。


※木の実や山菜を採る時は、採ってもよい場所かどうかや、採りすぎに気をつけてお楽しみください。また、演習林では木の実や山菜等の無断での採取はできませんので、ご注意ください。


スタッフS

2022年11月28日月曜日

サヒメル科学探検隊 第4回活動を実施しました

 10月23日(日)に島根県立三瓶自然館サヒメルとの共催で、サヒメル科学探険隊の第4回「大学の研究者と一緒に活動!測って実感!樹木の大きさ」を実施しました。

三瓶演習林で実施するのは今年で5年目になります。中には毎年参加してくれている隊員も。お久しぶりです!

事務所前の大きなヒマラヤスギの直径と樹高を測る、というのが今年の探検隊のミッションです。午前は直径、午後は樹高の測定方法について学びました。

午前はまず直径を予想。「80cm!」「90cm!」元気な声が飛び交います。

次に、定規やメジャー、ノギスを使って身近な物の直径を測りました。スタッフはあえて何も説明せずに様子を見守ります。定規もノギスも使えない太い筒はどうやって測ればいいのでしょうか?メジャーを巻き付けたところで…「あ、3.14を使うんだ!」小学校で習った円周率を思い出した高学年の隊員もいる様子。さすが!

直径を測る時のルールとして、測定する位置を決めておくこと(通常は作業がしやすい地際から1.3mの高さで測定しますが、小学生なのでこの日は1.2mでやってもらいました)を確認し、実際の森林調査で使用する直径巻尺*や、輪尺という巨大なノギスを使って、実際にいろいろな木の直径を測ってもらいました。

*直径巻尺…目盛が予め3.14倍に引き伸ばされている、直径測定専用の巻尺

午前中の最後は、みんなで協力してヒマラヤスギの巨木の直径を測定。キヅタがびっしり絡みついていたのでちょっと大きめの数字ですが、93.4cmでした!隊員たちの目測はなかなか正確です。

午後はまず、身長よりずっと高い木の高さをどうやって測るのか、いろいろアイデアを出してもらいました。「高所作業車で巻き尺を伸ばして測る」「ドローンを飛ばす」等々…。「直角三角形を使って求める」という方法を知識として既に知っている隊員も。大正解!

山下多聞准教授から、直角三角形を利用して、計算で木の高さを求める方法を解説してもらいました。「木までの距離と、見上げた角度が分かったら、高さは計算で求められる」ことを確認するため、三角定規の形に切った紙とタンジェントの表を使って実際に直角三角形の高さを計算し、定規を当てて確認します。また、相似な形の3つの直角三角形を使って、タンジェントが「高さが底辺の何倍なのか」を表す数であり、角度が同じなら直角三角形の大きさに関係なく同じ数値になることを確認しました。

さて、美味しいお弁当を食べてお腹がいっぱいの午後。計算づくしで「だんだん眠くなってきたよ~。」「今日は理科じゃなくて算数なんだ~。」とややテンション下がり気味の隊員たち。小学生に三角関数はさすがにちょっと難しいか…(-_-;) ある程度予想はしていたものの、担当スタッフも焦ります。

こんな時は工作で気分転換!分度器と縫い針、ストローを使って簡単な角度計を作ってもらいました。手を動かすうちに眠気も覚めたかな?これを使って、実際に木の高さを測ってみましょう!

外に出たら、まずは午前と同じく、予想から。

「15m!」「20m!」「30m!」…「50m!!」さて、どれくらいでしょうか??

手作り角度計と巻き尺を使った方法の他に、普段の森林調査で使用している測高器も使ってもらってヒマラヤスギの高さを測りました。人気があったのがバーテックスという超音波測距計が内蔵された測高器。のぞくと照準を定めるための赤い十字が光って見えるのですが、これが「めちゃカッコイイ‼」のだそうです。

部屋に戻って山下准教授から高さの発表。結果は22mでした!

「計算が多くて、今までの探検隊の活動の中で一番疲れた~。」との声も。頑張って頭を使った一日でしたね。お疲れさまでした!

サヒメル科学探検隊のホームページはこちらをご覧ください。

 サヒメル科学探検隊

2022年11月25日金曜日

演習林の小さな旅人

 “渡り”をする生きものというと真っ先に鳥類を思い浮かべる人が多いと思いますが、演習林にはもっと小さな旅人も訪れます。

 ――アサギマダラ―― “海を渡る蝶”として有名な昆虫です。

9月下旬の松江試験地。山全体が秋の装いへと変化していく季節。車で走る窓辺からは、紫や白の秋の野花が目立つようになります。車を停めてきちんと特定してはいないのですが、紫色の花はアキチョウジやヤマハッカ、白い花はヨツバヒヨドリかヒヨドリバナが主だと思われます。

…と、それらの花々の間を、黒い前翅と褐色の後翅のそれぞれに浅葱色の斑点を持つ大型の美しい蝶がゆったりと舞っていきました。アサギマダラです。


アサギマダラの渡りについては、日本各地で研究者や有志の方によるマーキング調査が行われており、移動ルートが解明されつつあります。なんでも春には遥か南の台湾や南西諸島方面から日本各地に飛来して繁殖し、秋には新しい世代が逆ルートで南下していくのだとか…。小さい昆虫ながら驚異的な移動能力です。

「海を渡っているときは、どうやって休息を取っているのか?」、「鳥類のように食べものの確保が渡りのカギなのか」、「長距離飛行できる翅の仕組みは?」など、神秘的なその生態に興味を掻き立てられずにはいられません。

松江試験地では、春(6月頃)と秋(9月~10月頃)に林縁部の草花を訪れているアサギマダラを観察することができました。特にヨツバヒヨドリ、ヒヨドリバナ、コセンダングサの花がお気に入りのようです。Y先生によると、三瓶演習林でもアサギマダラを見かけるとのこと。三瓶自然館サヒメルのHPでも紹介されていましたので、こちらでもこの蝶に出会うことができそうですね。



余談ですが、アサギマダラを彷彿とさせる、知る人ぞ知る一行詩があります。

――てふてふが一匹 韃靼海峡を渡って行った―― (安西冬衛『春』)

韃靼海峡というのは、樺太とユーラシア大陸を隔てる間宮海峡のことで、“韃靼(だったん)”という響きは硬くて大陸的なものを感じさせます。それに対して、“てふてふ”は柔らかで儚げな印象です。アサギマダラの分布域を考えると、実際には、この詩の“てふてふ”は別種の蝶を考える方が自然かもしれません。
けれど、この詩を目にするたびに、小さく儚げでありながらも、その生を全うする意志を持って海の彼方へ飛び立っていくアサギマダラを思い出し、その力強さを感じずにはいられないのです。

スタッフS

<参考>
「東京大学総合研究博物館 アサギマダラとオオカバマダラ ~渡りをする蝶~」

2022年10月7日金曜日

ナナフシばらばら事件

島根大学演習林技術室において飼育されていたトビナナフシがお盆休み明けにケージ内でばらばらで発見されるという怪奇事件が発生。当時の状況を演習林スタッフのSがリポートします。

Sは7月始め頃から、Y准教授が三瓶演習林などで採集してきた2種のナナフシ幼虫(※1)を多忙で走り回っている准教授に代わって飼育。7月下旬頃には廃材を使って大きなケージを作り、餌木(※2)の交換や掃除などを日常的に行っていた。

※1ヤスマツトビナナフシ、エダナナフシ 
※2主に、クヌギ、ナラガシワ、コナラなどブナ科コナラ属の樹木

ナナフシのゲージ

三瓶演習林には数種類のナナフシが生息しており、この昆虫の生態について、演習林スタッフとして理解を深めるのが目的だった。2種のナナフシは健やかに成長し、トビナナフシの方は7月末から産卵を開始。しかし、Sはお盆に長めに帰省せねばならず、その間の世話をY准教授が行うことになった。

エダナナフシ(♂)

ヤスマツトビナナフシ(♀)

さて、Sが松江に戻り出勤した日の朝。ケージ内を覗くとエダナナフシが床に落ちている。成虫になってからだいぶん日数も経っていたので、残念だけれど、寿命だったのかもしれない。
では、トビナナフシは?
ところが、いくら探してもトビナナフシの姿が見当たらない。はて、どこへ行ったのか?
そのうち奥の方に昆虫の脚が一本。目を懲らすとさらに脚が二本、そして触覚がばらばらに落ちているのが発見された。上の枝には黒い残骸のようなものが…。変わり果てたトビナナフシの姿である!
Sは息をのんだ。しかし、動揺しつつも冷静な状況分析に努める。
――もし、エダナナフシのように寿命で弱って死んだのだったら、こんなにばらばらになりはしない。…とすると、現場から考えられることはひとつ。何者かに襲われて喰われたのだ!――
しかし、何に襲われたのだろう?ケージ内は安全なはずで、他の生き物は見当たらない。犯人はいったい何者で、どこからやって来て、どこへ消えたのか?これは完全なる密室殺虫事件である。

その時、「おはようございます。今日も暑いですね~」と挨拶しながら准教授がご出勤。
なんとなくそわそわしている准教授。ナナフシのことも口にしない。
 “怪しい!先生は何か隠している”とSは確信する。
しかし、准教授は口を開かず、事件の真相は謎に包まれたまま午前中が経過していった。

急展開が訪れたのはお昼休みのことだ。
ケージ内の枯れ枝の後片付けをしていたSに同僚女性が話しかけてきた。
「ねぇねぇ、Sさん、聞いた?」
「何でしょう?何も聞いていないですけど」
仏頂面で答えるS。
「えっ!先生まだ話せていないの?!実はね・・・」

さて語られた真実はこうです。わたくしSの留守中、Y先生は大学構内でナナフシのために餌木の枝をとってぶんぶん振り回しながら帰ってきたそうです。お茶目な先生のことなので鼻歌でも歌っていたのでしょう。その枝にカマキリがしがみついているのに気づかずにケージに入れてしまったそうです。気づいたときにはもう手遅れ。カマキリは美味しい食事にありついた後でした。先生は下手人のカマキリを捕まえ、タッパーに閉じ込めて禁固刑にしていましたが、やがて放免してやりました。カマキリとしてはただご飯を食べただけですものね。

服役中のカマキリ

「先生ね。Sさんがいつも大切に世話をしていたから、申し訳なさで落ち込んでいたよ。だから許してあげてね」と同僚女性。
納品に来た科学器具販売のお姉さんからは「先生はSさんに怒られるのが怖いから仕事休もうかなといっていましたよ」との話も…。
先生はよっぽど思い詰めておられたのか、言い出すタイミングをはかりかねていたようです。
その後、怒ったりしていないのに、「すみませーん!私が新鮮な葉っぱと一緒に、新鮮なカマキリを入れちゃいましたー!私のせいですー!」という先生の懺悔で事件は幕を降ろしました。
安全なはずのケージ内で非業の死を遂げたトビナナフシはかわいそうでしたが、100個近くの卵を残しました。来春、無事に孵化するよう大切に管理できればと思います。

ところで、ナナフシとカマキリでは食べるものは違いますが、咀嚼するための口の構造には共通点がたくさんありそうです。昔、カマキリの口を観察したことを思い出して、ナナフシの口と比較してみました。双方とも触手がついた小顎や下唇がよく発達していました。昆虫の口は、“咀嚼する口”、“吸う口”、“舐める口”、“刺す口”など食べ物や食べ方に適したつくりになっていて、観察してみるとおもしろいですよ。(下は裏側から見たナナフシとカマキリの口の構造)

(スタッフS自筆)



2022年9月9日金曜日

COOL PIX P1000を使ってみた

  演習林では木の写真もよく撮っていますが、高かったり遠かったりする花や実などは、なかなか撮れずにいました。

 そこで、個人的にニコンの「COOL PIX P1000」というカメラを借りることがありましたので、試しに使ってみました。

 現物を手にして、びっくり。大きい!

 一番右に置いてあるのがCOOL PIX P1000で、真ん中がオリンパスOM-D E-M10 Mark III(ミラーレス一眼)、左端がオリンパスTG-6(コンパクトデジカメ)です。


 これを使って、まずは三瓶演習林事務所前から、立石神社を撮ってみました。

 COOL PIX P1000は最も広角側は24mmですが、まずは50mmで撮った立石神社です。

 続いて、300mmで撮った立石神社です。


 途中をだいぶ飛ばして、ここからは4桁mm。まずは1000mmです。もう説明文のタイトル「『立石さん』の由来」の文字が読めるようになりました。

 そして、2000mm。まだ本文はちょっと読みにくいかな。

 光学ズームでは最大の3000mmです。眼鏡をかけた情報部の大佐も「読める!読めるぞ!」と仰っています。

 ここからはデジタルズーム。デジタルズームは4倍までありまして、その4倍で撮りますと(つまりは12000mm)、このようになりました。
 手持ち撮影だった上にデジタルズームですので、さすがにそんなにきれいではありませんが、すごいですね。説明文も楽に読めます。よろしければ、最初の写真と見比べてみてください。

 いやあ、すごい、おばけカメラでした。今度は植物を撮ってみようと思います。



2022年7月8日金曜日

「鳥のS君」が第133回日本森林学会大会で学生ポスター賞を受賞しました!

受賞からだいぶ経ってからのご紹介になるのですが…

2021年度(令和3年度)に生物資源科学部農林生産学科4年生だった外山祐紀氏(現:林野庁 北海道森林管理局 空知森林管理署 北空知支署 幌加内森林事務所)が、第133回日本森林学会大会(2022年3月27日〜29日)で、ポスター発表[動物・昆虫]部門学生ポスター賞を受賞しました。

受賞したポスター発表のタイトルは、「山陰地方の広葉樹二次林と針葉樹人工林における鳥類群集種構成の過去と現在」です。

島根大学演習林Twitterをご覧になっている方は、「もしかして、あのS君?」とお思いになるかもしれません。今回はご本人の承諾もあり、お名前(と写真)を出しています。

島根大学三瓶演習林での鳥類についての調査は、約20年前に卒論調査として行われたことがありました。

今回、外山氏は、その約20年前と同じコース(広葉樹二次林と針葉樹人工林)で生息している鳥類を記録し、約20年前のデータと比べて、生息する鳥類の種構成の変化を調べました。

日の出から2時間というのが鳥類が活動する時間帯ということで、時に三瓶演習林事務所の宿泊室に前泊し、早朝から1ヶ月に2回程度、1年を通じて鳥類を観察しました。また、森林の種構成や階層構造の変化も現地調査して解析した力作でした。

現在の勤務地でも、鳥類の調査や、興味を持っている他の生物の調査は続けて行くそうです。今後のご活躍が楽しみです。

2022年3月11日金曜日

羊毛作家 笠木真衣さんのお話 第8回(最終回)

 三瓶演習林事務所に近い地域にお住まいの羊毛作家 笠木真衣さんへのインタビュー記事も、いよいよ最終回となりました。

 このインタビュー時からだいぶ経ち、その後、笠木さんは様々な賞を受賞されたりもしています。笠木さんの最近の活動については、例えば以下をご覧になるのがよいでしょう。(以下はFacebookをご紹介していますが、TwitterやInstagramにも載せていらっしゃいます)


 Kasagi Fiber Studio https://www.facebook.com/nolifenowool/


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(承前)


-日本人はコットンが好きなように思えますね。


笠木:そうですね。日本人はコットン好きって感じます!身近といえば身近ですね。昔からありますし。

 織りだけやっていると、脳の理性的な部分だけしか使わない感じがするんですけど、私は肌触りフェチなので手触りに癒されるところがあって、羊毛は洗うだけで、自分はすごく満足できるというのが発見でした。形にする部分はなくっても大丈夫で、羊毛を洗ってゴミを取るだけで羊毛をやってる感が味わえて、工場の方は織りを楽しんだと言っておられましたし、どこを楽しむかというポイントがそれぞれ違いますね。

 手触りが好きって気付いてから、音楽とか古い布とかにも癒されるようになりました。


-綿でもシルクでもなく、羊がいいんですね。


笠木:そうなんですよ。中国では羊の毛の匂いを「羊」という字を3つ書いて「せん」っていうんですけど、それって悪臭のたとえなんです。でも私は羊の匂いも好きで、癒しです。ラノリンともまた違う匂いですね。ウール愛ですね、もうここまで来たら。


-お子さんたちは羊をどう捉えているんですか。

笠木:お母さんばかり好きな動物を飼ってずるいー!と言ってます。羊はかわいがってくれてます。乗ろうとしてますね。
 羊は子どもを狙っています。羊は、小さい子を見ると自分より小さい奴がいると思って、こづいて倒してやろうと思っているようです。
子どもがいろんなものを飼いたがるんですけど、自分が羊を飼っているから、ダメって言えませんよね。三瓶地域は楽しいですね。いろんな生き物がいますし。
 飼うといえば、羊を田んぼに放したりしているんですが、山口町のお米は美味しいですよ。気候がいい米ができる条件に合うようで、うちも田があってありがたいです。古民家に田と山がおまけでついて来たんですが、そのおまけがすごい量で。

-住み心地はどうですか。地方暮らしの大変さはありますか?

笠木:人も環境もすごくいいです。移住についての本を読んだりして、戸建ても初めてでしたし、雪の大変さとか、移住で苦労された方の話とか調べていて、それは大丈夫かと思っていたんですけど、山口町のみなさん、すごくいい方で、とても爽やかです。新しい方でも古くからの方でも、分け隔てない感じがします。受け入れてくださってありがたいなと思ってます。
 家も立地もいいし、土地の有力者だった方の家だったので、いい家に住めたと思っています。
 私は不便さは全然気にならなくて、夜が暗い、水が綺麗、空気が綺麗、静かという条件で土地を探していたので、ここは理想的です。魅力を感じる、求めている。都会では得られない。
いなかが合わない人は奥さんの方が先に合わないと感じて都会に帰ったりされますけど、私
 ここに来たいと言って旦那さんについて来てもらったので、いいですよね。引っ越してからの方がいい思い出が多いです。

-海があり、山があり、自然史系博物館があって学芸員さんに聞けたりとか、贅沢な環境ですよね。

笠木:本当にそうです。小学校頃から街暮らしが合わないと思っていて、自然学校に行った時に、こっちの方が空気が美味しい、ひんやりした空気が入ってくる、素晴らしいと思ったり。
自然の物量に圧倒されるというか、いいバランスになっているなと思います。
 移住前に島根に来る時も、飛行機から島根の地形を上空から見て、もこもこした丸い地形がすごくいいなと思って、この風景の中で暮らしたいと思いました。
 みんな遊びに来て欲しいです。


2022年2月18日金曜日

羊毛作家 笠木真衣さんのお話 第7回(不定期連載)

 -教室もやっておられるんですよね。

笠木:そうです。まだ始めて1年くらい(編注:インタビュー時点で)なんですけど。今は織りと紡ぎをさせていただいているんですけど、もうそれは教えないで、織るとこだけ楽しんでいただくというスタイルでやっています。デザインを決めていただいて、こういうのが織りたいというのが決まったら、私がそのために織り機に糸をセットして、教えるというより、楽しんでいただくという感じです。

これは1ヶ月で1万円をいただいています。で、2時間半の作業を1回として、3回で織り上げる形です。3回目で織り上がらなければ、1回2500円で追加講習します。

2ヶ月かけて織られる方もいらっしゃいますし、いろいろです。


-どういった方が来られるのですか?

笠木:今のところ地域の方がほとんどです。5人くらいでしょうか。

-口コミですか?

笠木:そうです。すごいですよね。1ヶ月に一人しかできないので、2ヶ月される方も、4ヶ月される方もいらして、1年中どなたかが来ているという格好です。ありがたいことです。

-機械を占領してしまいますもんね。順番でないとできませんね。

笠木:子育て中で家事もあり、午前中しかできません。仕事で疲れ果ててしまっていては子育てに支障もあり、そうならない範囲でやろうと思っています。短い時間しかやらないと決めて、集中しています。お母さんだとなかなか大変です。
来てくださる方も休みの日に来てくださるので、趣味のはずがそれで疲れ果ててもいけませんし、それよりはゆったりと機織りを味わっていただくような教室にしたいと思っています。


-大人の趣味の場合、あまり追い詰めるといけませんよね。若い人が来ておられるのですか?

笠木:20代から60代までいらっしゃいます。お孫さんを見ていらっしゃる方は熱で行けませんとかもありますし。
私が1ヶ月に一人しかできないので、宣伝していません。でも思ったよりは来てくださいました。
紡ぎならいつでもできるんですけど、織りは織り機を占有してしまいますので。
もしやってみたい方は、ウールに興味がある方がいらっしゃれば、お話はいつでもできます。


-今までお話を聞いた限りでも、ウールで一冊本が書けそうですね。羊の飼育から織りまで全部やっておられますし。

笠木:本は少ないですね。出てても絶版になっていたり。英語の勉強も始めました。いい本は全部英語で、翻訳もされませんし。ウィーバー(手織りの専門家)が書いた本は大体アメリカやイギリスで書かれていて、北欧で書かれたものも英語で出ますし、日本語に訳せたらいいなと思って、オンライン英会話で英語を勉強し始めました。

-すごいですね、お子さんも小さいのに、そのバイタリティーが。

笠木:紡ぎ・織りの技術を伝える動画も、大体英語なんですよ。面白い動画って全部英語ですから、英語がわからないと、すごく損しているんですよ。
今、アメリカの羊を飼っている牧場が、オリジナル糸を売っているんですよ。そういうページもみたいと思うんだけど、「英語がすぐ読めなくて悔しいー」と思って、英語をやって、もっとみんなに伝えたいなと思い始めたんで。
オンライン英会話のフィリピンの方ってとっても優しいし、安いんですよ。もう半年くらいやっているんですけど、かなり英語力も上がったと思います。
日本の生地のことも発信したいし、日本ではごく一部でしか知られていない海外の技術も知らせたいし、いろんなやり方があって、自分に合ったやり方を選べばいいし、知識が多い方が創作が楽しくなるはずだと思って、いろんな作り方を紹介したいと思いますしね。
日本人は習得するためにこうあるべきだって、だからできている人、できていない人ってなるんですけど、大事なのは自分に合う方法を探すこととか、こういうのを作りたいと思い描く力です。
ウールはほんと面白いですよ。手紡ぎがどうとかでなく、ウール自体を楽しんで欲しいです。


2022年2月4日金曜日

羊毛作家 笠木真衣さんのお話 第6回(不定期連載)

 引き続き、大田市は北三瓶地区にいらっしゃる羊毛作家・笠木真衣さんへのインタビューを掲載します。今回はちょっと短めです。

 また、今回は写真がありません。写真については、笠木さんのInstagramをご覧になるとよいでしょう。


Kasagi Fiber Studio – Mai Kasagi

https://www.instagram.com/kasagifiberstudio


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(承前)


笠木:羊毛愛に溢れたいい生地ができましたので、羊毛に興味がある学生さんがいたら、実際に触ってみてもらいたいと思います。


-出雲の人でも佐田に羊がいることを知らない人もいるでしょうし。他県から来られて、どうやって探されたんですか。

笠木:あまりどこに移住しようというのはなかったんですけど、島根県が一番いいと思っていたので、島根県内で探していました。

 さっきは織物との出会いをお話ししましたけど、手に入りやすい糸に満足できない場合、高い糸を買ってやらないといけなかったんですね、初心者だった頃は。で、自分で紡ぎをやりたいと思って、前橋にいた頃に近くの工房に習いに行ったんです。その時はウールの紡ぎを習い、既にスライバー(梳かされた毛)になったもので紡いだんですけど、その時に、羊の毛の匂いがとてもいい匂いだったんです。紡がれる時、繊維が引っ張られ絡まっていくんですけど、その様に衝撃を受けて、明日もやりたいと思って、その「明日」が10年続き、羊の匂いに惹かれ、結婚する前から、羊を飼いたいと思っていました。で、夫にも話して、羊が飼えて織り機が置けるところに引っ越そうねということになって、夫の実家の松江に通ううちに、島根県の景観に惚れ込んで、大田市の景観が気に入って、移住しました。

 その前に県内で羊を飼っている人のところを訪問して、羊の生態と土地の相性を調べました。1軒目は川本町で飼われている羊を移住前に見学に行きました。すごく良かったんですね、羊の動きが。また、佐田に行って、結構な頭数がいる佐田町は大田市の隣ですし、ひつじの飼育は連携の必要なところもありますので、飼えそうだなという気持ちになりまして、大田市に決めました。

 飼ってみたら、大田市三瓶山の気候は羊にとって良い環境で、羊がいっぱい飼われているイギリスに風土が似ていたんです。湿度が高くて、曇りがちで雨が多く、涼しいと。島根の羊は1年中湿度が高いところにいるので、毛がしっとりしてます。逆に湿度が高過ぎで、バクテリアが繁殖して毛が黄ばみます。だからこの毛も真っ白ではなくて、少し黄色く見えるのは、島根県特有の湿度の高さでバクテリアが繁殖したためと思われます。だから悪い毛と評価されるかもしれないけど、傷んでいるわけではなく、それはそれで島根の色だと受け止めています。

 黄ばみは羊毛の価格を決めるときには減点になる性質です。染色するからほんとは白い方がいいんです。ブリーディングで毛色のコントロールもしているんです。より白い毛を生やす系統が残されて来たんです。毛をたくさん生やすために部分的に手術を行うこともあって、それはアニマルフェア的にどうなのかというのもあって、ノン・ミュージング・ウール、そういう手術をしていない羊から取った毛というのが高級アパレルでは銘打って使われるようになりました。動物の権利に配慮した環境で育てられた羊から取った毛が見出されたりしています。羊も毛のために負荷をかけられて育っていることもありますし。自然な状態で育っている羊からとった毛というのも見て欲しいです。

 白い毛の話をしましたが、逆にブラック・ウェリッシュという血統的に黒い毛しか出ない羊もいますよ。昔は染めるのにもお金がかかったので、昔のイギリス人はこの毛で作ったツイードが喪服だったりしたと聞いたことがあります。本当かわかりませんが。しかし、それくらいの真っ黒さです。若い羊は真っ黒、年取った羊はちょっと茶色がかっています。


-羊は犬まで行かなくても、反応があるんですか。懐くとか


笠木:動物としての羊ですね。感情をとても感じます。すごく臆病で、あまり触らせてくれないです。喜怒哀楽を感じることはありますし、犬や猫と濃密な関係を築かれている方がありますが、羊の場合も同じように感じることがあります。とてもうれしいです。近づいてきてくれたりするときもあります。のどをなでてあげています。ちょっとずつ仲良くなれています。うれしいです。


(つづく)