2022年11月25日金曜日

演習林の小さな旅人

 “渡り”をする生きものというと真っ先に鳥類を思い浮かべる人が多いと思いますが、演習林にはもっと小さな旅人も訪れます。

 ――アサギマダラ―― “海を渡る蝶”として有名な昆虫です。

9月下旬の松江試験地。山全体が秋の装いへと変化していく季節。車で走る窓辺からは、紫や白の秋の野花が目立つようになります。車を停めてきちんと特定してはいないのですが、紫色の花はアキチョウジやヤマハッカ、白い花はヨツバヒヨドリかヒヨドリバナが主だと思われます。

…と、それらの花々の間を、黒い前翅と褐色の後翅のそれぞれに浅葱色の斑点を持つ大型の美しい蝶がゆったりと舞っていきました。アサギマダラです。


アサギマダラの渡りについては、日本各地で研究者や有志の方によるマーキング調査が行われており、移動ルートが解明されつつあります。なんでも春には遥か南の台湾や南西諸島方面から日本各地に飛来して繁殖し、秋には新しい世代が逆ルートで南下していくのだとか…。小さい昆虫ながら驚異的な移動能力です。

「海を渡っているときは、どうやって休息を取っているのか?」、「鳥類のように食べものの確保が渡りのカギなのか」、「長距離飛行できる翅の仕組みは?」など、神秘的なその生態に興味を掻き立てられずにはいられません。

松江試験地では、春(6月頃)と秋(9月~10月頃)に林縁部の草花を訪れているアサギマダラを観察することができました。特にヨツバヒヨドリ、ヒヨドリバナ、コセンダングサの花がお気に入りのようです。Y先生によると、三瓶演習林でもアサギマダラを見かけるとのこと。三瓶自然館サヒメルのHPでも紹介されていましたので、こちらでもこの蝶に出会うことができそうですね。



余談ですが、アサギマダラを彷彿とさせる、知る人ぞ知る一行詩があります。

――てふてふが一匹 韃靼海峡を渡って行った―― (安西冬衛『春』)

韃靼海峡というのは、樺太とユーラシア大陸を隔てる間宮海峡のことで、“韃靼(だったん)”という響きは硬くて大陸的なものを感じさせます。それに対して、“てふてふ”は柔らかで儚げな印象です。アサギマダラの分布域を考えると、実際には、この詩の“てふてふ”は別種の蝶を考える方が自然かもしれません。
けれど、この詩を目にするたびに、小さく儚げでありながらも、その生を全うする意志を持って海の彼方へ飛び立っていくアサギマダラを思い出し、その力強さを感じずにはいられないのです。

スタッフS

<参考>
「東京大学総合研究博物館 アサギマダラとオオカバマダラ ~渡りをする蝶~」

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