“アリ”という昆虫は多くの人とって、身近な昆虫だと思います。
私にとっても、長らくアリはそういう存在でした。
子どもの頃、塀に沿って続いていく小さな赤いアリの行列を辿ったり、庭石をひっくりかえしては、慌てて卵や蛹を運び出す彼らの様子を覗き込むのが好きでした。
春の砂地でアリの巣を見つけたときは、さやから剥いたカラスノエンドウの実をたくさん穴に転がしこんでいたずらもしました。
また、結婚飛行を終えたばかりのお腹の大きな女王アリを捕まえたときは、しばらく飼って女王が卵や蛹の世話をしたり、子どもが増えていくのを毎日観察したことを覚えています。
これらはそれぞれ別の種だったと思いますが、あまりに身近だったためか、アリの種類を調べたことは、これまでほとんどありませんでした。同じ膜翅目(ハチ目)であるハチたちの生態や多様性に魅せられて、少しずつ科名や属名、種名を覚えるようになった一方で、アリの種類には無頓着だったのです。
けれども、リターの中の生きものを知ろうと決めたとき、アリをただのアリで片付ける態度を悔い改めなければいけないと思いました。それに、アリは私の好きなハチと同じ膜翅目。アリを知ることは、ハチを深めることに繋がるし、実際のところアリの生態自体もおもしろいに違いありません。
「宣誓!私は、アリをただのアリで片付けず、丁寧な観察を心がけることを誓います!」
心を入れ替え、確実とはいえないまでも特徴を掴もうとするようになってから、まだほんの3、4種類ですがリターの中のアリを見分けられるようになりました。今回はその中から、姿も生態も存在も珍しい、とっておきの変わり者アリをご紹介します。
そのアリを見たとき、ちょっと想像していなかった異様な姿に目が釘付けになりました。
背中によく目立つ大きなトゲを何本も生やしています。
胸部前方からやや下向きに生えるトゲが一対、胸部の中央部分から生えるトゲが一対、胸部の後方部分から後ろ向きに生えるトゲが一対、そして、胸部と腹部の間の腹柄節と呼ばれる部分からひときわ長く大きく、見事なカーブを描いて生えるトゲが一対。
これらのトゲを生やしている胸部と腹柄節は赤く、頭部と腹部は黒い漆塗りのような配色。
その姿はどことなく鎧に身を包んだ侍を思わせます。
“トゲアリ”、まさにそのものズバリ――。それが調べて分かったこのアリの名前でした。
さて、このトゲアリさん。姿かたちだけでなく、どうやら生態もユニークなようなのです。
彼らは、“一時的社会寄生”をする生きものなのだそうです。
昆虫学をきちんと学んでいない私には分からないことも多いのですが、膜翅目(ハチ目)の昆虫を探求しようとするとき、“寄生”や“社会性”という生活様式を理解することは、おそらくとても大切です。彼らの進化は、“寄生”や“社会性”の発達を理解することなくしては語れません。
では、トゲアリの “一時的社会寄生”とは、いったいどんなふうに行われるのでしょうか?
それは、トゲアリ女王が他種のアリの巣に侵入して、本来の女王を殺してしまうところから始まります。侵入当初から、その巣内の多数の他種アリと戦ってきたトゲアリ女王は、既に“その巣の匂い”なるものを手に入れており、“匂い”の仮面により他種の女王に成りすましてしまいます。
こうして乗っ取りに成功し、他種の働きアリたちに世話をしてもらいながら自分の子どもたちをどんどん増やしていくトゲアリ女王。女王がいない他種のアリは増えることができないので、最終的にその巣はトゲアリだけが生活する巣になります。
最初のうちは(一時的に)他種のアリの生活力に頼り(社会寄生)、最後は自立して生活を営むというのがトゲアリの戦略というわけです。なんてちゃっかり者なのでしょう!
しかし、トゲアリの女王が単独で他種のアリの巣に乗り込むのは非常にリスキーであるため、最初で失敗することが多いらしいです。うまくいけば熟練の働き手を一度に大勢手に入れることができますが、それは命がけでやらねばならない大仕事なのですね。
「トゲアリ女王の国盗り物語 ~暗殺と偽りの仮面に秘められた一族への愛~」
三流小説のタイトルみたいですが、“一時的社会寄生”をテーマに紙芝居が作れそうです。
今後、気になるのは三瓶のトゲアリの“一時的社会寄生”の対象となっている宿主アリが何かということです。生きているものの観察ではないので断定することはできませんが、対象となりそうなアリの候補に注意しながら、リターの分類をしていきたいと思っています。
最後に、トゲアリは、環境省のレッドリスト2020で絶滅危惧Ⅱ類に指定されています。
環境省のホームページによると、絶滅危惧Ⅱ類とは“絶滅の危険が増大している種”だということ。
トゲアリが生息するためには、立派な広葉樹がある豊かな雑木林が必要です。
さらに“一時的社会寄生”という性質上、その生存を支える他種のアリの存在も安定したものでなければならないでしょう。
そう考えると、トゲアリの存在は、三瓶の森の豊かさの証と言えるのではないでしょうか。
アリたちが我々にとって身近なものであり続けられるよう願わずにはいられません。
※トゲアリが見つかったリタープロット
2019.6.6 30-50、2019.6.20 30-50、2019.8.1 50-70