2024年10月18日金曜日

知られざるリターフォールの博物誌(2)  レースの翅(はね)を持つ虫

今回の主人公は、英語で“lace bug”(レースバグ)、と呼ばれる昆虫です。
和名では、“グンバイムシ”。
その名の由来は、戦国武将や相撲の行司が持っている“軍配”にかたちが似ていることから。
半翅目(カメムシ目)に属する彼らは、花木や果樹を吸汁する害虫です。
しかし、体長3、4㎜ととても小さいため、この虫を知らない人が圧倒的に多いことでしょう。
リターの中には彼らの痕跡が見られます。少しではありますが彼らの姿をご紹介したいと思います。

写真は6月のリターに入っていたグンバイムシの左右の前翅です。
顕微鏡を用いて、初めてこの翅を見たとき、なんてきれいなのだろうと思わず見とれてしまいました。多角形に区切られた小さな翅室(※)がモザイクタイルのように並び、薄い透明な膜が光を通してキラキラと輝いています。グンバイムシを調べる中で、“まるでステンドグラスのようだ”という記述をたくさん見かけました。私もまさにその通りだと思います。

どうでしょう?この翅をモチーフにピアスやイヤリングをデザインしてみるのは。
なかなか素敵なものができると思いませんか?
翅室ひとつひとつに透き通った色を入れます。何色もつかって彩り豊かにしてもよいし、同系色のグラデーションにしてもよいかもしれません。こんな想像(創造)をするときっと楽しいですよね。


翅の模様や演習林内で食樹になりそうな樹種を考え合わせて、トサカグンバイの翅ではないかと思っています。トサカグンバイはアセビを好んで吸汁するそうで、この樹種は三瓶演習林に多く自生していますから。けれど、同属(Stephanitis属)内にはとてもよく似た種がいるので、翅だけで断定はできません。

同じ6月の別地点のリターでは、別種のグンバイムシも見られました。
こちらの翅は英名のlace bugの名により近い雰囲気を持っているように感じます。背景が白いと分かりづらいので、黒くしてみると、白っぽいグンバイムシの姿が浮き上がってきました。
細かいギザギザの縁取りがある、レース編みで作られたかのような翅を纏っています。翅だけでなく、胸部から横に大きく張り出した翼状の部分も、まるでヨーロッパの貴族の肖像画で見かける大きなレースの襟のよう。なるほどね、呼び名に納得、lace bug(レースバグ)!!
グンバイムシは害虫くんの一面もありますが、和名の由来になった体のカタチにしても、英名の由来になった翅の模様にしても、ユニークさにおいては格別ではないでしょうか。


さて、この白っぽいグンバイムシは、おそらくアワダチソウグンバイではないかと思います。ほんの四半世紀ほど前に移入が確認された北米原産の外来種で、同じく北米原産の侵略的外来種であるセイタカアワダチソウを好んで吸汁するとのこと。一方で、一部の農作物にも吸汁被害を出すそうです。
この虫がいるということは演習林付近にもセイタカアワダチソウが生えているのでしょうか?
けれど、林縁や道脇、林内のギャップならともかく、リターの回収を行っているのは広葉樹二次林の中。いくら繁殖力旺盛なセイタカアワダチソウといえど適した環境ではありません。他のキク科植物にもつくそうなので、そちらからきたのかもしれませんが、いずれにしても寄主植物に心当たりがなく、どうして入っていたのかは分かりません。
ちょっと不安が残る発見ではありました。三瓶の自然環境への悪い兆候ではありませんように。


最後に、素人の拙い思いつきではありますが、研究材料としてのグンバイムシについて書きます。
先ず、グンバイムシの種類を調べる中で、かなり多くの種が寄主である植物の名を冠した種名であることが印象的でした。

(例・ツツジグンバイ、ナシグンバイ、プラタナスグンバイなど)

その理由は、どうやら彼らの寄主特異性が非常に高く、単食性や狭食性であるという性質からきているようでした。こういう生き物は、寄主植物の分布によって自らの分布(移動)をかなり制限されるはずです。
しかも、相当に小さい昆虫ですから、グンバイムシ自身の飛翔能力もそんなには高いとは思えません。
一方で風には運ばれやすいかもしれませんが…
移動を制限されると、離れた寄主植物上の同種との繁殖にも影響が出るでしょうから、寄種植物間の距離の違いによる近親交配の度合いとか調べたら面白いかもしれないなぁ、などと思いました。

グンバイムシは細かくて見つけるのが大変というのはありますが、その分、フィールドは狭くて良さそうなので体力勝負よりは観察が得意な学生さんには向く研究材料かもしれません。
森林や農作物や昆虫分野の学生さん、誰か卒論や修論でやらないかなぁ…。
もちろん素人のつぶやきなので、研究材料にする場合はちゃんと指導教官の方と話し合ってから、ですが(笑)

(※)翅室 昆虫の翅の表面にある網目状のすじの部分(翅脈)に囲まれた部分のこと
(※)グンバイムシが見つかったリター 20190606 50-30/90-10


スタッフS

2024年10月10日木曜日

知られざるリターフォールの博物誌(1) 青いミズアブの小楯板の棘の数

「棘」か「突起」か「剛毛」か…

それだけで検索結果は大きく変わり、入力ワードを選ぶことの重要性を実感しました。今回紹介するのは、体長10mmにも満たない小さな青いアブです。

6月のリター。

ウワミズザクラの種子や、アカマツ、サルナシ、コナラ、エゴノキの花々に埋もれて、キラリと光る青いもの。

つまみ上げてみると、光っていたのは昆虫の胸部で、腹部は光沢のあるダークブラウンといった感じの色合いです。


見る角度によって虹色の光沢がある透明な翅が残されています。体長は7mmほど。生きていた頃はきっときれいな虫だったのでしょう。

「青蜂(セイボウ)かもしれないな」

最初のうち、私はそう思いました。青く輝く寄生蜂を前から見てみたいと思っていたので、ワクワクしながら青蜂の種類を調べ始めました。けれど、これに一致する色合いの青蜂は見つかりません。
どうやら憧れの青蜂でないと悟り、少しがっかりしながらルーペで頭部を覗きました。見えたのは頭の面積の大半を占めるマイクのような暗赤色の眼。

「これは、ハチじゃない。双翅目の顔だ・・・」
種名を知りたければ、ハエやアブの仲間から探さねばなりません。
でも、手がかりは・・・?

退勤の打刻時刻が迫る中、ルーペを覗く私の目に映ったのは、この昆虫の胸部の後縁に見える6本の毛のようなもの。改めて顕微鏡で確かめると、かなり太くしっかりしており、規則正しく並んでいるそれらは特徴といってよさそうでした。

帰宅後、あの特徴を手がかりに検索してみることにしました。ハエなどはよく剛毛の生え方で分類されているイメージがあったので、「双翅目 胸部後縁 剛毛」というようなワードを入れて何回か画像検索してみたのですが、いっこうにそれらしきはヒットしません。

再度考えてみました。
毛、というものはそれが生えている箇所と、毛そのものでは当然質感が違います。けれど、顕微鏡で観察したとき、胸部後縁に並んでいたあれらは、胸部の一部がそのまま突き出したようで質感は同じでした。
つまり、「剛毛」という表現がまずかったのかもしれません。

そこで次は「突起」にしてみました。しかし、これもうまくいきません。
最後に「棘」と入れてみました。
すると、検索結果の画像の中に胸部後縁に2本の棘が生えた黒いアブの写真が出てきました。写真にはミズアブ科の昆虫と紹介されています。そして棘が生えている部分は小楯板という名前であることも分かりました。

「きっとミズアブ科の昆虫なんだ」

私は「ミズアブ科 小楯板 棘6本」と入れて再検索しました。
大成功!ようやくヒットしました。
そして分かったのは、リター内のこの虫がミズアブ科Beris属の昆虫であること。
近縁種に小楯板の棘が4本のものがいるそうですが、4本だとActina属、6本だとBeris属になるそうです。Actina属には、キアシホソルリミズアブやエゾホソルリミズアブが知られています。

しかし、Beris属に分類される種のほとんどには和名がありませんでした。
身近にも生息しているようですが、知る人ぞ知る種ということなのでしょうか。

ミズアブ科Beris属は訪花性昆虫ということで、6月の花々を巡っている途中だったのかもしれませんね。また、Beris属を調べていく中で、2019年より前のリターから時々見つかっていた、象の鼻を短くしたような吸いつき型の口器を持つ扁平な幼虫の正体が、どうやらミズアブ科の幼虫であることも分かりました。

*ミズアブ科Beris属が見つかったリター 20190606 30-50/70-30/70-70、20190620 30-50
まだまだ見つかるかもしれません♪


スタッフS

2024年10月3日木曜日

知られざるリターフォールの博物誌  始まりの話

 三瓶演習林では、広葉樹二次林内の1ha(100m×100m)のサイトに、縦横20m間隔で25個のリタートラップが設置されています。そこから定期的に回収されるリター(※)のデータをもとに、何年にも渡って森林動態の調査が行われています。

私の演習林での仕事のひとつは、持ち帰られ乾かされたリターを、決められた項目に沿って分類、量を計測することです。

「花」、「托葉」、「種子」、「広葉」、「針葉」、「木質」、そして「その他」。

リターは「花」の項目ひとつとっても、樹種ごとの形の違いや落下するまでの成長の差、原形の残存具合によって状態は様々…。人の目と手で分けることが必要な、細かく地道な作業です。

さて、これから私がお話ししようと思うのは、リターの中の名もなき小さなものたちの記録です。特に、「その他」に分類された誰にも見向きもされないものたち。

リターの中の植物や生き物の残骸は、色あせていたり、体の部位が失われていたり、粉々だったりするので、種の特定など細かいレベルの分類には向かないことが多いのは事実です。

けれど、中には状態がよいものもあって、そこには確かに三瓶の森の生き物を知る手がかりがあります。手がかりがあるのなら、可能な限り生かしたい!小さな発見でも積み重ねればおもしろい世界が見られるかもしれませんからね。

そのような訳で、森林の物質循環などの専門的な研究は、先生方に任せるとして、私は分類作業中に出会う個々の生き物たちにスポットライトを当て、知られざる彼らの姿を紹介していきたいと思います。


三瓶の森の神様へ

遅筆な私がどうかこの博物誌を少しでも長く続けられますように。

リターを通して、たくさんの生き物を知り、それを読んでくださる方へ伝えられますように。



(※)林冠から地表に降下する葉や枝などの枯死物を、リターまたはリターフォールと呼びます。

*図鑑や専門サイトなどで可能な限り調べてから、リターの中の植物や昆虫などを特定するようにしていますが、専門家ではないため、中には間違いがあるかもしれません。どうぞご了承ください。

*個々のリタートラップのサンプルは採集された年月日と地点の番号で表されています。2024年9月19日に採集した地点番号30-50のサンプルであれば、20240919 30-50と表記。紹介するのは、主に私が現在、分類している2019年のサンプルです。